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カミーユとジュドー

先日ガンダムZZを見終わったのでダラダラと吐き出してみる




機動戦士Zガンダムの主人公であるカミーユ・ビダン。
聞いていた話やゲームでの印象から、過激な人物を想像していた。
だからこそ、初めてガンダムに搭乗した際の彼の行動を見てかなりやばいやつなんだと思った。
だけど実際はそれだけじゃなかった。
彼は人一倍、感情というものに敏感だったんだ。
素直で、真っ直ぐで、感受性豊かな少年だったんだ。
だからこそ、両親に親の役割を放棄されて拗ねたクソガキになってしまったし、いろいろな人たちと関わって成長できた。
誰よりも優しいから命が失われていくことに誰よりも強く怒りを露にする。
カミーユが戦いに巻き込まれるきっかけにもなったといえる名前に対するコンプレックス。
本来の自分の名前さえ知らないフォウの「今でも自分の名前は嫌いか」という問いかけに対する答えの言葉。
あの素直な言葉で僕は一気にカミーユに心惹かれた。
だからこそ、僕はZのテレビ版を見て、その結末に納得がいかなかった。
がんばったカミーユに対する仕打ちとしてこれはあんまりだ、と。
だから、結末が違うという劇場版を見た。
新規作画はかっこよかったし、結末も幸せだった。
だけどところところ気に入らない部分もあった。台詞の改変だ。
たとえば、フォウの問いに対する「好きさ。自分の名前だもの」という言葉が「とっくに好きさ。自分の名前になっているもの」になっていた。
大した違いではないけど、あの真っ直ぐな言葉とは違う言葉。
本当に大した違いではないけど…だからこそ変えなくてもよかったんじゃないかと思ってしまう。
だけど、他の変えられた台詞のいくつかを見ていて思った。
「遊びでやってるんじゃないんだよ」が「遊ぶな」になっていたのは、その後の「戦場ではしゃいじゃうからこういうことになっちゃうんでしょ」という台詞と合わせて自分のことを叫ぶだけだった言葉が相手のことを気遣う言葉になっている。
シロッコとの決着の際の「ここからいなくなれ」という台詞が「女たちのところに帰るんだ」になっていたのも自分の感情をぶつけるだけだったカミーユより賢い印象を受ける。
他の数々の台詞や描写から、素直に真っ直ぐ自分の感情をぶつけるだけだったカミーユが、感情から一歩、距離を置いている印象を受けた。
だからこそ、劇場版のカミーユは壊れなくて済んだのかもしれない。
人の感情に敏感で、素直だからこそ人の負の感情を正面から受け止めることしかできなかったカミーユが、その感情から距離を置いて、冷静に物事を見ていたからこそ悪意に押し潰されなくて済んだ。
器用になったというかなんというか。
僕が好きになったテレビ版のカミーユと少し違うけど、そのおかげで大好きなカミーユが助かった。複雑だ…
まあ別人ってほど変わったわけではないしカミーユはカミーユなんだけどね。
だから劇場版も好き。カミーユの物語だもの。

そんなわけでZZ。
ジュドー・アーシタとその仲間たち。
最初はカミーユと共にがんばっていたZを盗み出そうとしたりザクの首をくっつけてみたり裏切りを繰り返してみたりと、とにかく気に入らないやつらだった。
ずっと嫌いだった。
でも今ならわかる。そういうのぜんぶひっくるめて「生きる強さ」なんだ。
たくましいやつらだよ。みんないいやつだしね。
エルと人生の苦楽を共にしたい(エルは最初から最後までいいやつだった)
ジュドー。
ZZでずっと引っ掛かってた台詞があった。カミーユがジュドーに言った「怒りが戦う理由になる」ってやつ。
あの優しいカミーユが、自分と同じ道をジュドーに歩ませるのか、と。
だけどカミーユはわかってたんだ。ジュドーが自分より強いやつなんだって。
現にジュドーはカミーユを越えた。
怒りに燃える赤い光を放っていたカミーユと違い、バナージのユニコーンと同じように、ZZを緑色に輝かせてみせた。(ユニコーンを先に見たからこういう書き方になるのはごめん)
カミーユにできなかったことが、ジュドーにはできるんだ。
カミーユを拒絶したハマーンすらジュドーに惹かれた。敵であるキャラ・スーンとも心を通い合わせてみせた。
ジュドーには、誰かを認め、誰からも認められる強さがある。
これって、ジオン・ズム・ダイクンの提唱したニュータイプの姿そのものなんじゃないかと思う。
ジュドーこそ理想のニュータイプなんだ。
ハマーンとの一騎討ちの際に駆け付けた魂たち。
ニュータイプのみんな。
カミーユがシロッコとの戦いでやったことの一歩先のことをジュドーはやってる。
カミーユは面識のある人たちだけを呼んでいたけどジュドーは顔を合わせたことのない人たちをも呼んでいた。
きっと、ジュドーが呼んだんじゃなくてジュドーの元に集ったんだ。人類の確信であるニュータイプたちが。
みんなの意思を背負って戦っていると断言するジュドーこそ、人類の総意の器たりえる存在なんだと思う。
「俺は間違いなく、身勝手な人の独善に対してみんなの意志を背負って戦ってる」
そのうえでちゃんと頭で考えて自分の心に正直に生きる。それがジュドーなんだと思う。

誰よりも優しく人の感情に敏感だった故に怒りの炎で燃え尽きてしまったカミーユ・ビダン
身勝手のようでいてその器の大きさで人の意志を背負い戦うジュドー・アーシタ
共に魅力的な主人公です。
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